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みな美人を目指してメイクしているのだろうが、そうなっていない人が多い。それはなぜか?それは「美人」がどんな顔の人かわかっていないからだ。「誰が美人?」と尋ねると、昔からの山本富士子、吉永小百合から、若いところでは仲間由紀恵や浜崎あゆみの名前が上がるだろう。もちろんそれを「間違っている」とは言わない。では「どんな人が美人なの?」という問いには「目が大きい」次に「彫が深い」とかが上がり「色白」はあまり言われなくなった。しかし、それらはもちろん不正解ではないが第一番目の答えではない。「美人とは平均値の顔の人である」と言えば多いに不満を言われるだろう。しかし、人間は平均値に美しさを感じるものらしい。
例えば円ならば正円を一番美しいと思う人がほとんどと思うが、この正円は、色々な円の中で生活上最も目につく図形であり、またそれらの中の平均値である。それは人間の顔においても同じで、生活上最もよく見る、平均値的な顔を美しいと感じるそうだ。目も口も鼻も大きすぎず小さすぎず・・・の顔が美しいのだと言われると不満の声も出てきそうだが、案外松嶋奈々子のような顔になるんじゃないかな?「でもそれでは解説になってないんじゃないの?」と、とっさに思える人は頭の回転が早い。その通り。松嶋奈々子よりも目が大きくてホリの深い人が美人と言われる。
【1】それはなぜか?
それは日本人が外国人を好むからである。特に白人系欧米人を。だから多分日本人の考える美人顔は日本人6:白人3:その他の外国人1くらいの割合の人をいっぱい集めた平均値になるはずだ。
【2】松嶋奈々子と彼女たちの共通点はなにか?
それは「平均値的パーツ配置」である。目、眉、に鼻などのパーツが離れすぎず近すぎず・・・が美しいというのは納得してもらえるだろうが、それが平均値であることは自明だ。そしてその配置こそ「ヴィ−ナスライン上の配置」と呼ばれ、古今東西を問わない美人の条件となっている。だから「どんな人が美しいの?」という問いには、「まずパーツ配置が平均的である人、次に外国人の影響が強い分、目が大きくホリが深い人」という答えが正解となり、これをメイクアップのテクニックに当てはめるとこうなる。『理想的なメイクとは目を大きくし、ホリを深くしながら、パーツの(形や)配置を平均化していくことである』と。そしてそれこそが「矯正メイク」の定義となる訳だが、みなさんはそれができていない。しかし、それは無理もない。今日このコラムを読むまでは「美人」がどんな顔の人かわかっていなかったのだから。
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